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「ポスト過払いバブル」は何でもあり 顕在化する弁護士界の憂鬱な現実

 東武伊勢崎線の竹ノ塚駅からタクシーで約10分。住宅街のど真ん中。スーパーの「サミットストア」を核にした小規模なショッピングモールが現れる。その一角に、「北陸富山回転寿司かいおう保木間店」があった。

 寿司の価格は握り二貫で一皿105円から。唐揚げなどのサイドメニューも充実している。注文はテーブルに備え付けられているタッチパネルを操作する。例えば「にぎり→サーモン→2皿……」という具合にタッチしていけばいい。数分すると、厨房の奥から専用の搬送車の荷台に乗って注文した寿司が運ばれて来る。

 よくある、普通の回転寿司店だ。ただ、一点だけ普通ではないところがあった。それは待合コーナーのマガジンラックに「会社がない!」(すばる舎、石丸幸人著)、「損害賠償 請求と手続き」(あさ出版、弁護士法人アディーレ法律事務所著)といった、過払い金や債務整理などの法律関連の書籍があったことだ。

待ち合いコーナーには法律関連の書籍が並んでいた。 しかし、この店の経営母体がどこかを知れば、だれもが納得するだろう。実はこの回転寿司店は、弁護士法人アディーレ法律事務所の代表弁護士、石丸幸人氏が全額出資して設立された株式会社アディーレ・フードサービスが経営する店舗なのだ。だから、マガジンラックに石丸氏の著書があったのだ。

 この回転寿司店は、海王コーポレーションがフランチャイザー(本部)となり、西は兵庫県から東は群馬県まで店舗を展開している。東京初進出の店舗と2011年2月にオープンした店舗を、秋からフランチャイジー(加盟店)として契約したのが、アディーレ・フードサービスだった。

 アディーレ法律事務所は、大量のテレビコマーシャルを打ってきたため、名前くらいは聞いたことがある人も多いだろう。アディーレは、消費者金融業会社に払いすぎた利息の返還を求める「過払い金返還請求」で一世を風靡した法律事務所だ。

 過払いバブルに乗り、飛ぶ鳥を落とす勢いで法人規模を急拡大してきた石丸氏が、寿司屋をオープンさせたとして、弁護士界では話題となった。

「過払いで一発当てた後は、回転寿司――。いったい、石丸さんは何を考えているのか――」。この寿司店の存在を知った弁護士達は、必ずといっていいほど首を傾げた。そして「儲けたカネの使い道に困ったのでは」「われわれの気づかない、とてつもないウマい話があるのでは」と邪推した。

 ここで、弁護士界と過払い金返還請求について簡単に振り返ろう。

 2006年1月、最高裁判所は消費者金融会社に対して、「利息制限法」の上限金利である15〜20%と「出資法」の上限金利29.2%の間の、曖昧にされてきたいわゆる「グレーゾーン金利」を認めないとする判決を出した。これをきっかけに、グレーゾーン金利分のいわゆる「過払い金」を消費者金融会社から取り戻そうと、債務者や過去に消費者金融会社を利用していた完済者がいっせいに動き出した。

 実際の過払い金返還請求の手順は、一般的に、弁護士や司法書士が代理人となって消費者金融会社に依頼人との取引履歴の開示を求め、過払い金を取り戻す。ただ、このやり取りの中では、消費者金融会社側との話し合いや交渉、裁判に持ち込まなければならない事態などの“面倒”な作業は、最高裁判所の判決が出たおかげでほとんど発生しなかった。

 弁護士と司法書士にとっては、時間と労力をかけずに過払い金という“成功報酬”が獲得できる、実にオイシイものだった。空前のバブル到来である。そこに食いついたのがアディーレをはじめとした新興の弁護士法人だった。他の代表選手はミライオ(当時はホームロイヤーズ)、ITJ法律事務所などだ。

 しかし、バブルははじけるもの。過払い金案件も2010年になると頭打ちとなった。消費者金融大手4社は過払い金返還に体力を奪われ、最大手武富士が2010年1月に破綻。業界は虫の息だ。今は過払い金を請求しても、カネがない消費者金融会社からは、過払い金等ほとんど戻ってこないような状況となっている。

 過払いバブルがはじけ、潤っていた弁護士界の環境は一変した。過払いをアテにしていた弁護士達は、いっせいに次の飯のタネを探さなければならなくなった。

「いずれ過払い案件がなくなることは分かっていた。だから、ここ数年、ずっと次のビジネスを探していた。外食ビジネスはたまたま良い案件があったから」と、石丸幸人・アディーレ法律事務所代表弁護士は、寿司店経営をポスト過払い対策の一つであると話す。

 大手の一角、プロミスが三井住友フィナンシャルグループの完全子会社化となることを発表した席上、久保健社長が「もう、過払い金はこれ以上ない。今回の引当金が最後だ」と高らかに宣言したように、過払いネタの“在庫”は確実に無くなりつつある。他の大手消費者金融会社幹部も「もう過払いはヤマを越えました。われわれに請求してきた弁護士さんはこれから大変ですよね」と、もはや他人事だ。

 過払いバブルは、弁護士界にさまざまな変化をもたらした。単にカネをもたらし、多くの法律事務所を潤しただけではない。

「若手が育っていない――」。ある中堅法律事務所の30代の弁護士は嘆く。

 弁護士界では一人前になるまでの教育期間として、徒弟制度が伝統的に存在する。司法修習が終わって弁護士登録し法律事務所に入所した新人は、その法律事務所に雇われる形でキャリアをスタートさせる。これを“居候”しているということで、「イソ弁」と呼ぶ。反対に、雇う側の弁護士を「ボス弁」と呼ぶ。裁判で必要な書類の作成方法から、依頼人との信頼関係の作り方まで、それこそ手取り足取り、イチから弁護士としての仕事をボス弁から学ぶ。それを知っているこの弁護士は、次のように今の若手に同情する。

「若手弁護士はボス弁から、国選弁護や離婚、交通事故、債務整理の案件からボスの顧問先の労働問題や株主総会まで、一人前になるまでまんべんなく、経験を積ませてもらえる。それは、ボス弁も“経験こそ弁護士を育てる”ということを、身をもって知っているからだ。でもいまは、みんな過払い。ボスもカネが稼げる過払い案件をたくさん引き受ける。自動的に、下っ端である若手はボスがたくさん受任する過払いを何件もやる。だから、まんべんなく経験が積めない」。

 また別の弁護士は「私のボス弁は、僕らの将来を考えて、やらせる案件をしっかり吟味してくれていた。でも今はみんな過払いとか債務整理、自己破産。若い奴らはかわいそう」と話す。

 過払いバブルはボス弁の振る舞いを変え、連綿と続いてきた若手弁護士育成方法をも変えてしまった。

 また、過払いバブルは弁護士界に存在した奇妙な“不可侵協定”の崩壊にもつながった。

 DSCは法律事務所の広告戦略と開業支援、コンサルティングを提供する企業だ。そのDSCの創業者である児嶋勝社長はこう話す。

「過払い案件は大都市圏では案件は枯れているが、地方都市にいけばまだまだ過払い金返還請求のニーズはある。そこで当社は、大都市圏の法律事務所の地方での出張法律相談会の開催を支援している」

 首都圏でなくなりつつある過払い案件を求めて、また法律事務所としては稼ぎ、生き残っていくためにDSCの出張案件を頼りにする。

 この都会と地方との“不可侵協定”の崩壊に目くじらを立てたのが、地方の弁護士会だ。“シマ”を荒らされたとして激しい抗議をDSCと同社が支援している法律事務所に対して行ったという。

「私どもが支援している法律事務所に対して、猛烈な抗議が来ましたよ。出張先のほとんどで嫌がらせがありました。なかには質問状が送られて来て、そこには“受任したらしっかり責任をもってやるつもりはあるのか”“過払い案件以外のものも受任するのか”などが書いてありました。われわれがしっかりやっているか、わざわざ見学にいらしたところもありました」

 さらに、非弁活動や非弁提携(http://www.nichibenren.or.jp/activity/improvement/gyosai.html)も活発化させた。非弁活動とは、弁護士ではない者が報酬を受け取る目的で法律業務を行う活動だ。そうした違法行為を行う者を「事件屋」などと呼ぶ。そして非弁提携とは「事件屋」と結託することだ。

「疑わしい案件は山ほどある。消費者金融会社と弁護士事務所が繋がることも多い。例えば融資の申し込みに消費者金融会社に行ったら、融資を断られ債務整理をすすめられ、弁護士を紹介されたうえに『紹介されたことはいっさい口外するな』と言われるようなパターンだ。これは、ウラで消費者金融会社と弁護士事務所が手を結んでいて、両者は顧客の紹介で金銭のやりとりがある可能性が高い。これは有償のあっせんを禁止している弁護士法72条と27条に違反する」と、ある消費者金融会社幹部は話す。

 また、独立したての若手弁護士は、「独立してすぐのころは非弁提携を持ちかける電話が多くかかって来た」と話す。

 過払い金返還請求は、債権者の総債権額が140万円を超える場合、司法書士には交渉権がない。そこで、「140万円を超える場合は、1件につき手数料をいただければ、依頼人をご紹介します」と司法書士が持ちかけて来るという。これはもちろん有償のあっせんにあたり、法律違反だ。

 こうした非弁提携がなくならず、むしろ目立つようになっているのは、過払いバブルが崩壊し、稼げる案件が少なくなり、困った弁護士が一線を越えてしまうという事情があるからだ。

 前述したような弁護士界を取り巻く状況の根底には、2001年から始まった司法制度改革の影響がある。

 2001年の司法制度審議会の「意見書」では、司法試験合格者を年間3000人にすることを目指し、法曹界人口の増加に取り組んできた。そのための新司法試験であり法科大学院創設であった。複数の弁護士が「増えすぎた弁護士は、違法行為でもなんでもやって食って行かなければならないから、非弁提携は減らないのでは」と指摘する。

 弁護士界はここ数年、我が世の春を謳歌してきた。法曹界人口を増加させてきた政策の是非も、過払いバブルの陰に埋もれていた。一昔前は非弁活動や非弁提携に手を染めなくても、他県の“シマ”を荒らさなくても食って行けた。しかし、いまは違う。弁護士界は過払いバブルに崩壊によって、潜在していた問題が一気に顕在化したのだ。

 今後、弁護士の廃業、倒産、解散などが増える可能性がある。長年、法曹界を見続けて来た司法ウオッチ代表の河野真樹氏は、著書『大増員時代の弁護士 弁護士観察日記PART1』の冒頭で、廃業宣言をした弁護士の話を、今の弁護士界を象徴する出来事として取り上げている。

 司法制度改革から10年が経った今、2001年に予想した状況とは、乖離した現実がある。弁護士界はこのまま“改革”で突っ走るべきなのか、軌道修正すべきなのか、冷静な検証が必要ではないだろうか。

ニュースソース:ダイヤモンド・オンライン

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